絵本と一緒に訪ねたいと思っていた場所へ。


今年の年始に決めたこと…

”子どもと本をつなぐ”
~つながりにくい(届きにくい)子につなぐ(届ける)~
の第一歩。


10月とは思えない冷たい雨が降り続く日、
近くの児童養護施設で絵本を読みました。




案内されたお部屋に入ると、
そこには澄んだ20の瞳が。




まだ幼稚園に入る前の1~3歳の子どもたちです。


最初はこの絵本でご挨拶。




♫はじめましての ごあいさつ
(中略)

えほんをよむのが だいすきです 


どうぞ これから よろしくね♫





歌声に合わせてからだをゆらしながら、

ときには声をあげながら


聴いています。






次のページをめくるその瞬間を逃さないぞ
といわんばかりに、
ページをめくる手をじっと見つめる目。




こういう瞬間に出会うと、私はいつも思います。




赤ちゃんとか、
子どもとか、
高齢者だとか…

そんなの関係ないね。


まだ早いとか、
もう遅いとか…

全く関係ないね。


絵本のもつ絵のちから、
ことばのちからを

全身で受け止めている人が目の前にいる。

全身で感じている人がいる。

その場に私も関わっている。

その幸せを私も全身で感じる。



ああ、私はこの空気感がやっぱり好きだなあ。


この場では、
先生も、
子どもも、
読み手も、


この世界に生きる同じ人間なんだよね


この時間を共に過ごせて、とても嬉しい



と。








見つけた~!!


いた~!!

の大合唱に。








ページに手を伸ばしてお口をモグモグ。

ある子はページに口をつけてモグモグモグ…。


これがまた、本当に美味しそうに食べるんだ。


食パン、

ドーナツ、

フランスパンに

あんぱんも。



パンの入れ食い状態で、
お昼前にすでにみんなのお腹は大満足だったのでは?






たまごも色々。
生き物も色々。


恐竜のあかちゃんにはビックリだった様子。




お昼の後や、寝る前に絵本は読んでいたけれど…

こんなに集中して聴けるとは思ってなかったです。


あの子たち、絵本が好きなんですね。


初めて気づきました。


それと…絵本って、歌っちゃってもいいんですね。

今日は気付かされることがいっぱいでした。

と、職員の方からコメントを頂きました。


ちなみに私が歌うのは、楽譜付きの絵本だけですけどね






帰りがけ、

もう帰っちゃうの?


まだいる?


と声をかけてくれた子がいました。



来月から月1ペースで伺えることになりました。

またあの澄んだ瞳に出会えるのが楽しみです。

末永いお付き合いができますように。


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2017.10.17 Tue l 児童養護施設 読み聞かせ l コメント (0) トラックバック (0) l top
忘れないよ。



車窓から一緒に見た月の美しさ。



月との追いかけっこを愉しんだ日々。



一緒に歌ったスピッツ。




暴走族!?の集団と信号待ちが一緒になって、身構えた夜。



そして、


久しぶりの子守歌にぐっすり眠ったあなたを見て、
もう一度赤ちゃんから親子で始めればいいと思えた日。




子どもが不登校になった時、
私を支えた絵本の2冊目はこの絵本。







もう、1年以上経つんだなぁ~。




ある時期を境に、長女が、夜になると

頭が痛い

と訴えるようになった。


毎晩


毎晩


毎晩



時には、泣き叫んだりもして…。




尋常ではないと思った私は、
毎晩のように夜間診療に駆け込んだ。


でも、
診察しても、
検査しても、


お医者様からは

特に異常は見当たりません
のひとことのみ。




検査結果で、特に心配になる結果がなかったことに安心しつつ、



連日連夜の病院通い、



夜になると不安がる次女、



”またかよ”と不機嫌になる夫、



度重なる寝不足、



得体の知れない底なしの不安…


でいっぱいいっぱいになりながら、

毎日のように深夜の街を車で走っていた。




しばらくそんな日が続いた中で、ふと気づいた。





車に乗っていると、
頭が痛いを言わないなぁ~、

落ち着いているなぁ~って。




それからは、
夕食後、着替えを済ませてから毎晩、長女とのドライブの日々。




後部座席で眠った8歳の娘を抱きかかえ、
毎晩、深夜に布団まで運ぶのは、
正直かなりキツかった。




夫に代わってほしいと何度思ったことか…。




でも、娘は私を必要としていた。





なんで、毎晩頭が痛くなるの?


なんで、私が毎晩運転しなくちゃいけないの?


なんで、長女は学校が嫌なの?


誰か助けてほしい!






そんな風に思っていたはずなのに、
連日のドライブを重ねる中で、
私の気持ちが少しずつ変わっていった。




なんで?の理由はわからない。

わからないけど、

連日のドライブの意味があるのかもわからないけれど、


私を今、この子が必要としているのなら、

今、こうしていることが落ち着けるのならば、

ただ、ただ、私はそれに付き合おう。

寄り添おう。







でもね、

ガソリンが一週間で底を尽いた時の恐ろしさったらなかったケド


時には、次女も乗せて。

時には、家族全員で。





あの頃が、過去の話となりつつある今、
いつの間にか、懐かしい思い出になっていた。




でも、このフレーズを読むと、今でも涙腺が緩んでしまう。



かえりは ファンファンが
うたを うたったよ。
「このこ だれのこ パンダのこ
やまのふもとで ないてたこ
エンファン エンファン
ふたりは ずっと なかよしよ」

(文中より引用)



私はいつか、エンさんになれるのだろうか?







2017.10.14 Sat l わたしの中の絵本 l コメント (0) トラックバック (0) l top
先週末は小学校の運動会でした。
2017運動会1




校長先生とのハイタッチ。



観覧していた祖父母からの”楽しんで”の言葉。



見つけた瞬間、駆け寄って、
ただ黙って娘たちを抱きしめた元担任の先生との2年ぶりの再会。




家族揃って一般席で食べたお弁当。







いわゆる”普通”ではないかもしれない。


走ったり、踊ったり、叫んだり…
そんなあなたたちの姿を見たい気持ちもあるけれど、
でも、

これも私たちにとって大切な運動会の一日。




帰宅後の、
楽しかった!の一言に、”本当に良い一日だった”と心から思えた私でした。






レンズの向こうに何が見えますか?
何を見つめていますか?
2017運動会2

それが知りたくて、
近づきたくて、
シャッターを切りました。
2017.10.05 Thu l 子育て l コメント (0) トラックバック (0) l top
子どもが2人とも不登校な割に、なんで落ち着いていられるの?!
想像しただけで私には無理だわ!


先日、知人のママに言われた。




私も色々あったのよ。

最初から落ち着いていた訳じゃない。




七転八倒して、
状況を受け容れられるまでに、約1年。
長女の”学校行きたくない”宣言からちょうど1年が経っていた。


その間に、
講演会に足を運んだり、


カウンセリングを受けてみたり、


育児書を読んだり、


不登校関連の本を手にとってみたり…



もしたけれど、
案外、

いや、

当然、


今の私を支えているのは絵本だということに気付いた。


3冊の絵本。


3回にわけて紹介したい。


まず1冊目はこちら。



正直に書くと、私はこの絵本が苦手だった。
以前、絵本講座で読んで、紹介もしたことがあるのに…だ。

今振り返ると、当時は
心ではなく、頭で読んでいた。


この絵本に出合った頃は、まだ娘たちも幼かったこともあり、
私自身、絵本の内容がピンときていなかった。


娘たちは、いいこだ。

なきむし、

こわがり、

おこりんぼ、

おばかさん



どんなあのこ達もそのまま愛せる、
受け止められる

そんな風に感じていた。


実際、幼稚園時代、特に心配になるようなこともなかったし…。



でも、一方でこうも感じていた。

なきむし、こわがり、おこりんぼ…
そんな子どもらしい弱さは気にならない。
成長とともに変化してゆくものだから。


だけど、
私の想定内を超えたものが、この子たちから
出てきた時、私は変わらずに
いいこだよって言えるだろうか?

言える自信がない、
受け止める自信がない

この受け止められない感覚はなんだろう?

足元がグラつくような不安な気持ちはなんだろう?





だからかな?


あまり読みたくない絵本、
読むとなぜか心がザワつく絵本になっていった。




月日は流れ、
長女の突然の(娘からすれば、やっと言えた)”学校に行きたくない!”宣言。



それこそ晴天の霹靂だった私は、娘の言動が全く受け止められなかった。


何を言っているの?

そんなことじゃ、これから先が全く見えなくなっちゃうんだよ。

ダメになっちゃうんだよ。

せっかく、お勉強も運動もできるのにもったいないよ。


などなど、今考えれば恐ろしくかつ情けない言葉を投げつけた。



どうにもならない状況が続く中、ふと気づいたことが2つあった。
1つめは、
真っ暗な気持ちのはずなのに、
娘たちが笑っている声を聴いていると、
なぜこんなにも幸せな気持ちになれるんだろう

ということ。


2つめは、
赤ちゃんは、
ただそこにいるだけでいい、ありがとうって思えるのに、
どうして成長してくると、
いるだけでいいって思えなくなってくるのだろう。

ということ。


上手く学校生活を過ごしてほしい。

お勉強もそこそこできるといいな。

運動が全然できないのも…ね。

お友達が全くいないのは心配だな…


なんて余計なものが気持ちの中についてきちゃうのだろう。





生きている、

それだけで奇跡だって、素晴らしいっていうけれど、
そう思いたいけれど、
それだけじゃ許されない感じって何なのだろう。




「あなたは何ができるの?」




「する(doもしくはdoing)自己」あるいは「する」は、
「ある(beもしくはbeing)」あるいは「ある自己」の上に乗っかる。

「ある自己」が崩れてしまったら、「する自己」は安定的に機能しない。
人は「ある自己」をベースにして、その上に「する自己」が乗っかっている。
(イギリスの児童精神科医ウィニコットの言葉     東京シューレ出版『子どもはいのちという原点から』より引用)







「する自己」が、その能力を問われるのが、職場や学校という社会なのだろう。
どれくらいできるかで、社会的な自己の価値が決まってしまう(ような気になってしまう)。



家庭はどうだろう。
本来、ただ「ある自己」だけで存在してよいはずなのに、
子どもの成長につれて、
いつの間にか「する自己」を求める気持ちが忍び込んでいないだろうか?



ありのまま、そのまま、存在自体を愛するって、
その気持ちを持ち続けるって、
なんて簡単ではないのだろう。












子どもはいのちの塊。



理屈じゃなく、心からそう思えるようになるまで、
長女の不登校宣言から1年の月日がかかっていた。



学校に行くとか、行かないとか、
勉強が遅れちゃうとか…
正直、今の私にはあまり大きな問題ではなくなっている。



元気で、家族で笑って過ごせること、
今、この瞬間を生きていること、
あの子たちがあの子たちを懸命に生きていること、
ただそれだけ、

それを感じて喜びたい。





時折、心が揺れるのならば、
その時にはまた、
この絵本に寄り添ってもらいながら。





2017.09.30 Sat l わたしの中の絵本 l コメント (0) トラックバック (0) l top
榛名の森のおうちで絵本を3冊読みました。


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栗ひろいを存分に楽しんだあとは、お家のなかでゆったりと。




今回は、入園前や幼稚園児など、小さなお友だちが中心だったので、
この3冊を選びました。



色の美しさと、音のリズムが毎回楽しい絵本。


でてこい

でてこい




何が出てくるかな?と、


じ~っとページを見つめる子どもたちの眼差しにドキドキしたり。







ページをめくる度、絵の美しさに目を奪われます。

はい どうぞ
というと、

2歳になったばかりの男の子が、

口を上手にもぐもぐもぐ…。


満足そうな顔で、
うまいっ!






ああ、この子は確かに今、

くだものを

食べていた。

味わっていた。

そして、

満足したんだなぁ~。







最後に、大好きな一冊を選びました。

家と同じように、歌おうか?

それとも、今回は読もうか?

娘たちに相談したら、




歌おうよ!



とのことで、歌うことに。




読んだ(歌った)後、大人の数人は涙ぐんでいました。



今回、声をかけてくれたグループリーダーが、
この本、グループの経費で購入します!
と、早速題名を控えてくれました。



久しぶりの乳幼児向けの読み聞かせ。

娘たちを連れて通っていた頃から月日は流れ、
今、同じ場所に立って見ると、


懐かしいけれど新鮮で、
小さいお友達も、ママ達もかわいらしくって…。



そして、あの頃、小さかった娘たちは、
乳幼児たちの世話をしたり、
一緒に遊んだりできるまでに成長していました。



ここで、皆さんと、娘たちと絵本を一緒に楽しめたことに感謝でいっぱいの一日となりました。



後日、グループリーダーから丁寧にお葉書を頂きました。
2017092614360002.jpg

読み聞かせを独占したいところですが、多くの親子にも届けたい
との嬉しいお言葉に感謝です。
(掲載許可頂きました)



目の前にある宝と丁寧に向き合っていこうと思えた栗ひろいの一日でした。
2017.09.26 Tue l よみきかせ・おはなし会 l コメント (0) トラックバック (0) l top