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あってもなくてもいいけれど
あると嬉しいものってあるよね


私にとってその一つは、
娘たちと登校班の集合場所が見える角まで一緒に歩く時間。

行ってらっしゃい

行ってきま~す

を言いながら子どもたちとのハイタッチをする瞬間


なんて書くと、
お家から登校班の集合場所が遠いんだろうなぁ~って、
思うかな?


いえ、
いえいえ、
近いんです。

目と鼻…とは言いませんが、

ほんの
目と口の先ほどです



入学当初の
角まで一緒に来て~
から、

いつの日か

もう来なくていいよ。
2人で行けるよ。
と言うだろう


と思いつつ付き合って早や半年


いつまで付き合うんだろうなぁ?
親が付き添っている子って他にいないなぁ~。



でも、気付いたの

娘たちにとっても、朝のあの時間って、
あってもなくてもいいけれど、
あると嬉しいものなんだ

ってことに。

だって、
早出勤の時、
旗振り当番がある時に、
今日は角まで一緒に行く時間がないよ。ごめんね。

って言うと、

大丈夫だよ!
って、2人で手を繋いで元気に行けるんだもの

助け合いながら行けるんだもの。

あってもなくてもいいけれど、
朝のあの時間があると
何だか一日元気に頑張れそうな気がしたのは、
娘たちも同じだったんだ。


それならお互いに良い時間にしてゆきたいな。

早く!

遅いぞ!

みんな待ってるんじゃない?


なんてトゲトゲ言葉じゃなくて、
ニコニコ笑顔とふんわり言葉で、

明日も一緒にあの角まで歩いて行こう

もう一緒に来なくていいよ!
と言われるその日まで。








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2014.10.30 Thu l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
お仕事がお休みだったので…

娘たちと一緒に公民館の「読み聞かせ会」に足を運んでみた。
(初めて!)

そこで読んでもらったうちの一冊がこれ。

チビクロさんぽチビクロさんぽ
(1997/10)
ヘレン・バナマン、森 まりも 他

商品詳細を見る


ちびくろさんぼじゃないよ、
チビクロさんぽ

読んでくれたおばさま曰く、
素のお話知ってる?
昔はね、くろんぼと言うのは差別になるからって基の『ちびくろさんぼ』は絶版になっちゃったのよ。
でも、トラがバターになるっていうお話はやっぱり面白くって、主人公を犬に替えて描かれたお話なの。


絶版になったのは知っているけど、
だからって犬?


読み聞かせ会の帰り、娘がポツンとつぶやいた。
犬じゃ、なんだか変だよ。
やっぱり『ちびくろさんぼ』だよね。

ちびくろサンボちびくろサンボ
(2008/06/16)
ヘレン・バナーマン

商品詳細を見る


我が家にある『ちびくろさんぼ』。
時折、寝る前の絵本に登場する

かつての私がそうだったように、
トラがぐるぐる回ってバターになるという話にワクワクするらしい

いつも思うんだけど、
子どもって本当に、
そのまま
そのまま

受け取るんだよね。
感じるんだよね。


それが子どもの強さであって、優しさなのかなぁ~と私は感じているんだけど。

そしてその感じる心と、澄んだ目は、
ちゃあんと本物を捉えているよ


大人になると、余計なことまで頭にチラついて、本物が見えなくなりがちなのは何故なんだろう?


色々な考え方があるのだろうけど、
何が正解なのかはわからないけれど…

でも、子どもの目を、感じる心をもっと信じていいんじゃないかなぁ?
できるだけ本物を伝えたいなぁ。
届けたいなぁ

と思った県民の日の出来事

2014.10.29 Wed l 子どもたちの今を考える l コメント (0) トラックバック (0) l top
 あぁ、娘たちが帰ってきたら宿題を見なくっちゃ

同時に2人分見るのって結構大変なんだよなぁ…。
音読を同時にされた時なんぞ軽くノイローゼになったし

娘たちが生まれた時から、元気に育ってくれればと願ってきたけれど、
学校に入ると、ただ元気なだけじゃ済まないような気がしてくるんだよねぇ、正直。

親って、(私って?)勝手だよね。


でもなんで子どもたちに勉強させるんだろう?

なんで毎日時計とにらめっこしながら宿題を見ているんだろう?


 もはや、良い学校に入って、良い会社に就職することが幸せとは言えないと自覚しているのに。
それぞれの個性を生かして生きてほしいと願っているのに。


”将来の夢に近づくため”
って言ったってまだピンと来ないであろう娘たちに勉強を通して何を伝えたいんだろう、私は

娘たちが入学してからずっとその答えを探している。


我が子が勉強できないのは恥ずかしいから?

つまづくと後が大変だから?

子どもに落ちこぼれてほしくないから?

学ぶことの楽しさを知ってほしいから?


なんだかどれもピンとこない…で早や半年


そんな時に出会った一文。
 英語ができるようになることの目的は何か、わからなくてもいいんです。
けれどできるようになったら、もちろん使ってもいいし、
使わなくってもいいんだけれど、好きな場所で生きることができます。
好きな学校に行くこともできる。好きな職業に就くことだってできるかもしれない。
それが、勉強によって得られる自由、ってことなんだと思うんです。

斉藤賢太郎『勉強の夏、ゲームの夏。』より


自由そして選択肢
を持てる生き方を娘たちにしてほしいと願っている。


目先の点数や”できる”に惑わされず、その一歩先を見つめて家族で共に歩む
そんな風に小学生の時期を過ごしてゆけたらいいな












2014.10.09 Thu l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top